“実際のシティプランニング” By Bruce-Joffe


ウィル・ライト 著 多摩豊 訳,ウィル・ライトが明かすシムシティーのすべて,角川書店,1991

コンピュータと都市計画
 今でもたいていの都市では、紙の地図を用いて都市計画を行っている
 コンピュータは今までにもさまざまな形で都市計画に利用されてきました。都市に関わる各種データ処理、シミュレーション、戸籍などのテータ管理など、コンピュータは都市計画には欠かせない道具として長いこと活躍し続けています。しかし、こういった利用法は、ディスプレイやプリントアウトに数字や文字がたくさん並ぶという、電子計算機的、データ処理的な使い方でしかありませんでした。

 たしかにひと昔前までは、コンピュータは数値や文字データを扱うだけで精いっぱいでした。しかし、最新のコンピュータはグラフィックデータを自由に扱うことができるようになり、コンピュータ・ネットワークの技術を利用すれば、何人もの人が同じデータを別々の端末で扱うというようなことも簡単にできるようになりました。私が現在行なっているのは、こういった最新のコンピュータ・テクノロジーを都市計画に活かす方法の開発です。

 都市計画に欠かせない要素とはなんでしょうか?
 地図です。正確に情報が記された地図がなければ、道路を管理することも、下水道の配管を確認することも、電線がどのように張り巡らされているかを調べることも不可能です。ところが、今でもたいていの都市では、紙の地図を用いて都市計画を行なっています。紙の地図の上に様々な情報が書き記されているのです。これは情報の管理という面から見ると、非常に大きな問題を含んでいます。

 実際の都市計画、都市運営の現場のことを考えてみましょう。道路の管理、下水道の管理、電線の管理、おそらくこういった役割は別々の部門が担当しているニとでしょう。そうなると、当然部門ごとに自分たちの情報が記入された地図を持つことになります。つまり、部門ごとにまったく違う情報が記された地図を持つことになってしまうのです。

 たとえば、ちょっとした道路工事があって、道路の管理部門が自分たちの地図に一本の線を引いたとします。他の部門の地図にはこの線は引かれていませんから、誰かがその情報を教えるまでは道路管理部門の地図と他の部門の地図は異なる地図になってしまいます。こういったことは都市運営の現場て、それこそ数限りなく起こっています。正確な情報を管理することができなくなっているのです。そこで最新のコンピュータ・テクノロジーが登場するというわけです。

 私が開発しているシステムは、Geographic Infomation System(地形情報システム)、略してGISといいます。簡単に言ってしまうと、都市計画のためこ必要な情報をすべてコンピュータに入れてしまい、これを地図と組み合わせる形で利用するシステムということになります。最新のコンピュータのグラフィック機能とネットワーク機能があって、こういったシステムははじめて可能になったのです。

GISの仕組み
 紙の地図では情報が変わるごとに地図を配布しなければなりません
 紙の地図を用いていると、都市の運営にあたるすべての部門が同じ情報を持つためには、どこかの部門で地図に新しい情報が書き込まれるたびにすべての部門に新しい地図を配布しなければなりません。実際にそのようなことはできませんから、結局部門ごとに持っている情報が異なることになります。

 ここにコンピュータ・ネットワークのテクノロジーを利用してみましょう。すべての部門にコンピュータの端末機があり、それがホスト・コンピュータとつながっているというシステムを考えてみます。

 都市の地図とその都市に関するすべての情報は、ホスト・コンピュータによって管理されます、道路の情報、下水道の情報、電線の情報、すべてホスト・コンピュータによって管理されます。
 各部門で地図を見たいときには、端末機に地図を表示させます。そしてなにか情報を調べたいときには、その地図の上に見たい情報を表示するように命令します。すると、ホスト・コンピュータに蓄えられている情報が端末の地図の上に表示されるというわけです。
 各部門でなにか新しい情報を地図に書き加えたい場合、やはり端末機に地図を表示させてその上に情報を書き加えます。するとその情報は即座にホスト・コンピュータに送られ、そこで今までの情報と一緒に管理されます。他の部門が別の端末機から情報を呼び出せば、もうその情報は新しいものに変わっていることになります。紙の地図では情報が変わるごとに地図を配布しなければなりませんでしたが、コンピュータを用いれば情報を一カ所で管理しながら別々の場所で利用することもできるのです。

 GISはすでにいくつかの都市で実用になっています。実際に利用する場合、システムをそのまま導入するのではなく、それぞれの都市が必要としていることにあわせてソフトウエアを設計します。
 とはいえ、端末機のディスプレイに地図が表示され、そこにいろいろな情報を呼び出し、情報の更新が行なえるというGISの基本的な仕組みには大きな違いはありません。

 地図の上に引かれた線には、それぞれさまざまな情報が含まれます。例えば、下水道の配管図の一つ一つの線に、それがいつ配置され、最後に補修されたのはいつか、責任者は誰かなどの情報を蓄えておくことができます。こうして各部門は自分の担当する情報をホスト・コンピュータで管理させます。

シムシティーをGISに応用する
 もし、GISの操作法を簡単にすることができれば、より一層活用されるようになる
 ここまでの説明でおわかりのとおり、GISとシムシティーにはいくつかの共通点があります。共通点があるということは、シムシティーを実際のシティプランニングに利用できる可能性があるということでもあります。もちろん今のところシムシティーはエンタティメント・ソフトですが、この中に含まれている要素の中には、現実のシティプランニングに活用できるものもあるのです。

 シムシティーでは、ほとんどの情報がグラフイックを用いて地図上に表示され、プレイもグラフィック主導で行なわれます。GISとシムシティーの共通点の中で、最も重要な点はここにあります。

 皆さんもシムシティーをプレイして、自分のディスプレイにさまざまな都市を描いたことでしょう。しかし、シムシティーをプレイするために、特別に訓練をしたり、難しい講習を受ける必要はなかったはずです。ところが、GISはそれほど簡単には使えません。地図の上に都市のさまざまな要素を配置していくという基本は同じなのに、GISはシムシティーよりも操作が難しいのです。
 GISはとても強力な道具で、これを用いれば実際の都市のどのような情報でもディスプレイ上の地図に表現することができます。ただ、どんなことでも表現できるということは、それだけ操作が複雑になってしまうということでもあります。ここにGISの問題点があります。

 今のところ、GISを用いて都市計画を行なうためには、CAD(コンピュータを用いたデザイン)の専門家や専用のワークステーションが必要です。誰でも簡単に使えるというわけではありません。GISを導入するためのソフトウェアやハードウェアの経費より、地図の情報を入力するための経費の方が数十倍も余分にかかります。システムを使えるようにスタッフを教育する費用も安くはありません。

 もし、GISの操作方法を今よりも簡単にすることができれば、こういったシステムはより一層活用されるようになるでしょう。そして、そのためにシムシティーを活用することができるのではないか、私はそう考えているのです。
 シムシティーがとても遊びやすいことは誰もか認めるところです。コンピュータの専門家でなくてもどんどん都市を作っていくことができます。その使いやすさをそのままGISに応用すれば、誰もが使えるシステムができあがります。これが基本的なアイテアです。

 もちろん、今のシムシティーは街の要素を大胆に抽象化したものですから、これをそのまま現実の都市計画に使うことはできません。しかし、シムシティーで都市のレイアウトを行なう操作方法はそのままにして、よりリアルな条件を付け加えていくことはできるでしょう。そうすることによって、現実の都市の地図を誰でも簡単に描くことができるインターフェイスができあがるはずです。

教育ツールとしてのシムシティー
 たいていの場合政治家は次の選挙がある4年以上先のことは考慮しない
 教育用のツールとして考えた場合、シムシティーは今のままでも十分に実用になります。

 シムシティーをプレイしてもらうことにより、都市に関係するさまざまな要素の相互作用の複雑さを理解してもらうことができます。これは都市計画や都市運営の専門家にも十分に役にたちます。
 本当の市長、エンジニア、シティプランナー、こういった人たちにシムシティーをプレイしてもらい、その後に都市の抱える問題に関する討論会を行なったことがあります。また、複数のプレイヤーに都市のさまきまな役職を振り分け、一つのシムシティーをプレイしてもらったこともあります。このようなプレイを行なうと、都市の問題がよく理解できるだけでなく、都市の一つ一つの役職がなにを考えているかも理解できるようになります。都市の問題というのは、数多くの要素が複雑に絡み合って起きるものです。たいていの場合、一つの部門だけでは問題に対応できません。この複雑さを理解するために、シムシティーをプレイすることはとても効果的です。

 シムシティーで都市のなにかを変更すると、思ってもみなかったような影響が出る場合があります。これはプレイヤーに都市の複雑さを教えます。また、なにかが影響を及ぼすまでには時間がかかることもあります。これは都市計画、都市運営には長期間の視点が必要であるということを教えます。なにしろ、たいていの場合政治家は次の選挙がある4年以上先のことは考慮しませんし、予算に縛られる場合は1年単位でしか計画を練ることができないのです。

 シムシティーはこのような教育効果を持っています。

より本格的な利用法
 ワシントンDCの2050年のシティプランニングのツールとして、シムシティーを利用しよう
 今まで説明したことだけでも、シムシティーが実際の都市計画に十分利用できるソフトであることはわかっていただけたでしょう。しかし、私は現在、シムシティーをもっと本格的に都市計画に利用する方法について研究を行なっています。

 私はMIT(マサチューセッツエ科大学)と共同で、アメリカの首都ワシントンDCの2050年のシティプランニング・プロジェクトを行なっています。このプランニングのためのツールとして、シムシティーを利用しようと考えているのです。

 シムシティーの中で動いているシミュレーションは、エンタティメント・ソフトとしては最高のモデルですが、実際の都市計画にそのまま利用できるものではありません。例えば都市の経済活動などは、ほとんど省略されています。
 しかし、ここに本格的な都市のシミュレーション・モデルを加えれば、実際の都市の将来像をシミュレートするためのツールにすることができるはずです、リアルな都市の地図を描けるようにシムシティーを若干変更して、さらにこれにワシントンDCの本格的なシミュレーション・モデルを組み込む。こうすることによって2050年のワシントンDCのプランニングを行なおうとしているのです。

 さらに、シムシティーのシミュレーション・モデルを変更する可能性を考慮すると、もっと色々な利用法も考えることができます。
 最初に説明したように、シムシティーの操作方法をGISに応用することは可能でしょう。 GISは都市の多様な情報を管理するシステムです。ここにさらにシムシティーのシミュレーション・モデルを導入すれば、本格的GISによるシティシミュレーションが可能になるのではないでしょうか。

 もちろん、実際の都市の情報をすべて利用した本格的なシミュレーション・モデルを構築することは相当に困難なことです。今のところこれは不可能かもしれません。しかし、個別の問題だけに焦点を絞ったモデルを作ることはできるでしょう。
 シムシティーのシミュレーション・モデルは都市全体を対象にしています。これを例えば交通問題だけ、ゴミの廃棄の問題だけなどのように、特定の問題だけに絞ったモデルに変更すれば、都市計画、都市運営を行なっている各部門が必要としているツールとなるはずです。

 シムシティーの操作方法を用いたリアルなGISで、情報はホスト・コンピュータに管理され、各端末機には、その部門が必要としている問題解決のためのシミュレーション・モデルが組み込まれる。
 これはシムシティーを実際のシティプランニンクに利用する方法の中でも、理想的な形の一つではないかと思っています。

ゲームとしての可能性
 ネットワーク上にシムシティーの都市を登録できるような仕掛を作る
 私とウィルはシムシティーの今後の可能性について、いろんなことを話し合っています。話のほとんどはどちらかといえば夢物語、実現するかどうかわからないことですが、それでも技術的に不可能な話をしているわけではありません。それでは、実際のシティプランニングの話から離れて、シムシティーのゲームとしての可能性について考えてみましょう。

 現在のコンピュータ・テクノロジーのことを考えたとき、大切なポイントになっているのはネットワークの技術です。このコンピュータ・ネットワークの技術を応用すると、シムシティーはとても大きな広がりを持つゲームになります。

 例えは、こんな可能性が考えられます。
 皆さんがシムシティーをプレイする場合、作ることかできる都市はマップ・ウィンドウの大きさのものです,それ以上のものは作れません。しかし、こうやって作られた都市をコンピュサーブのような大型のコンピュータ・ネットワーク・サービスに登録できるようにしたとしましょう。
 あなたの作った都市の隣に別の人が都市を置きます。その隣にまた別の人が都市を置きます、こうして、どんどん都市が置かれて行くことによって、ネットワークの上に一つの地域が構成されることになります。

 こうすることによってなにが起きるでしょうか?簡単な例をみながら考えてみましょう。
 あなたの都市の端の方に工業地域の密集地があったとします。普通にシムシティーをプレイしている場合、マップ・ウィンドウの先のことは考慮する必要がありません。環境汚染がひどくなっても、その先には誰もいないのです。ところが、もしネットワーク上にこの都市が登録されると、その隣にも別のブレイヤーの都市が存在することになります。あなたの都市が、隣の都市の環境汚染源になるのです。

 このように、シムシティーがネットワーク上に登録されると、都市の外部の要因が影響を及ぼしてくるようになります。これはまさに現実の世界で起きていることと一緒です。他のプレイヤーが運営する都市が自分の都市にも影響を及ぼす。これによってブレイヤー間に利害の衝突が起きます。そしてプレイヤー間の交渉も始まるというわけです。

 これは技術的には決して難しいことではありません。ネットワーク上にシムシティーの都市を登録できるような仕掛を作り、登録されたそれぞれの都市が自分の四辺に隣接している他の都市の状況をチェックできればよいのです。シムシティーそのものにはほとんど変更を加えなくてもよいかもしれません。

地域のシミュレーション
 都市の市長がそれぞれのプレイヤーであるなら、地域には政府が必要になる
 より大きな広がりを持ったシムシティーを考える場合、今のシムシティーに足りない要素のことも考えなければなりません。

 シムシティーをプレイしていくと、最終的にはエリアはすべて都市になってしまいます。では、ここで生活している人たちが食べているものは、どこで生産されるのでしょうか? 都市ではなく地域のことを考えた場合、農場や牧場といった要素も忘れてはなりません。こういった要素をシムシティーに加えれば、作られる都市の形態もまた変わってくることでしょう。自分の持っている大地をすべて都市にしてしまうか、それとも広大な空間を利用して農業や牧畜業を主産業にするか、プレイヤーの考え方によってバリエーションは異なります。他のプレイヤーと利害の衝突が起きるケース、一致するケース、より複雑になるでしょう。取り引きなどのシステムを作らなければならないかもしれません。

 ネットワークを利用したシムシティーと、単体のシムシティーの本質的な違いがここにあります。
 自分一人でシムシティーをプレイする場合、自分の都市計画に従ったプレイを行なうことになんの問題もありません。ところが、ネットワーク上でシムシティーをプレイすると、他のプレイヤーがたてた都市計画といろいろな折衝を行なっていかなければならなくなります。この場合、誰の計画が正しいというようなことは誰にも決められません。大切なのはいかにして全体の計画をたてるか、どうしたらより多くの人が利益を得られるような計画ができあがるかなのです。そして、これはまさに現実の社会が抱えている問題そのものです。プレイヤーが皆同じレベルであれば話し合いはなかなかうまく行かないでしょうし、地域全体の発展はばらばらになってしまいます。地域全体を見通した政策が必要になるわけです。そのためには、リーダーになる人物を決める必要があるかもしれません。選挙のシステムがいるかもしれません。都市の市長がそれぞれのプレイヤーであるなら、地域には政府が必要になります。

シムシティーか素晴らしい理由
 シムシティーに勝ち負けはなく、勝利だけが存在する
 私がこれほどシムシティーを評価している理由、それはこのソフトが、がむしゃらに勝利することを目的としていない点にあります。

 シューティング・ゲーム、ウォーゲームなど、たいていのゲームでは、プレイヤーは勝つこと、自分一人が勝利者になることを目的としています。そういったゲームが悪いとはいいませんが、協力することや、自分自身の定めた目標に向かって努力するようなゲームがあってもいいのではないか、私はそう考えていました。シムシティーはまさに私が望んでいたようなソフトなのです。

 ただ都市を作っていくだけでも十分に楽しめます。そのうえ、プレイヤーごと、プレイごとに違った目的を持つこともできます。大きな都市を目指してもいいですし、問題の少ない小さな都市を目指すこともできます。地震の被害から都市を再建することを目的としてもいいわけです。
 普通のゲームは勝つか負けるかという構図を持っています。しかし、シムシティーには勝ち負けはありません。あるとすれば勝利だけが存在するのです。

 シムシティーにネットワーク機能を持たせることができれば、さらにその意味は大きくなるでしょう。ネットワーク上のシムシティーでは、プレイヤーはお互いに協力することを学ばなければなりません。他人とコミュニケートすることの意味、その方法、自分の利益だけを押し付けてはいけないということ、全体の利益の中では我慢すべきことがあるということ、プレイヤーにこういった大事なことを伝えることができるでしょう。

 他人のことを考える、その大切さを教えてくれるようなゲームはそれほど多くはありません。その上、プレイしていて楽しいソフトというのはほとんど皆無に近いでしょう。そう考えていくと、シムシティーがいかに素晴らしいソフトであるかがよりいっそうはっきりわかっていただけるでしょう。

 もちろん、シムシティーが地球を救うなどとは思っていません。しかし、こういった素晴らしいソフトを多くの人がプレイして、それによって何かを得ることができるのなら、それはとても素晴らしいことではないだろうか、私はそう考えています。


ブルース・ジョフィー プロフィール

 カリフォルニア大字バークレイ校建築学学士。
 マサチューセッツ工料大学シティプランニングおよび建築学修士。
 コンピュータ・システムを用いた都市計画、都市運営の専門家で、パロ・アルト、ビバリーヒルズ、オークランドなどをはじめとする数々の都市のプランニングおよびコンピュータ・システムの導入を手掛ける。
 現在(当時)JMMエンジニアリング社GIS部門責任者。

ウィル・ライト 著 多摩豊 訳  「ウィル・ライトが明かすシムシティーのすべて」より 

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